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]『おたくの本』補足

ARTIFACT@ハテナ系 - 故富沢雅彦氏の言説
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20050715/tomizawa
に絡んで、別冊宝島おたくの本』における、似た記述の報告があったのでちょっと紹介。

:planet-ape|blog: 「傷付ける性」としての男性、そして少女化

http://www.planet-ape.net/archives/2005/07/post_153.html
ロリコン、二次コン、人形愛 架空の美少女に託された共同幻想」という記事でもりやねこ氏が「レズが多いのは、男を描きたくないから」「描く時は自分を女の子だと思って描いているから、女の子を描け込めればそれで満足なんです」と発言している。
関連して興味深いのが、もりや氏は童貞であったほうがエロ漫画のイマジネーションはできないと考えていたが、実際に経験したあと、「実際のセックスなんてどこが面白いのって感じ。相手を楽しませることなんて面倒くさいことやっていられない」という考えに変わったと言っていること。
余談だが、もりやねこ氏の最近の活動を知らなかったので調べてみたら、劇画っぽい絵になっていて驚いた。
http://www.kuboama.com/kubobooks/kubo/moriya.html
しかし、このインタビューで劇画のような絵柄を目指したいといっていたので、初心貫徹なのだろう。
know your shame. なぜか補足
http://d.hatena.ne.jp/narima74/20050716#p1
上野千鶴子氏のインタビュー発言でも関連した話が出てくる。

上野 (前略)少女って「使用禁止のボディを持った女の子」のことでしょ。ここにあるのはみんなかわいい女の子の絵ばかりで、成熟したセクシーな女っていうのはひとつもないでしょ。この「かわいい」っていうのがキーワードなのよね。これを描いてる男の子も、きっと「かわいい」少女の世界にいたいのね。彼らは男であるということをもて余してしまってる。もっと言うと、「男になんかなりたくない」と思ってるんじゃないかな。(後略)

ラブラブドキュンパックリコ - フェミニストにとって“おたく”とはどのような存在なのか?
http://d.hatena.ne.jp/Maybe-na/20050316/1110991807
今回の件とは違うけど、上野千鶴子氏のインタビューについて触れられているのでリンク。

:planet-ape|blog: 「傷付ける性」としての男性、そして少女化

http://www.planet-ape.net/archives/2005/07/post_153.html

ただねえ、それこそササキバラ・ゴウ氏やら更科修一郎氏やらの文章を読んでると「なるほど、おたくのセクシャリティとはそーいうものかー」とか納得したりもするんだけど、それってオナニーした後の罪悪感だとか空しさだとかのわき出してくるダークフォース(←流行ものw)をどーにか誤摩化すための詭弁じゃねえの?とも思ったりすんだよ。

ササキバラ・ゴウ氏や更科修一郎氏は、そのダークフォースの部分を見ようとしない言説に対する異議申し立てをやっているのだと思ってた。下品にいえば「俺たちは何にチンコ立てているのかよく見ようぜ!」みたいな。
あと更科論を理解するキーワードとして「ヘタレマッチョ」を挙げておこう。
http://d.hatena.ne.jp/cuteplus/20050319/p1

非体育会系のくせに、頭の中で完璧な理論を立てればマッチョを気取れると思っている男の子たち。

「ヘタレマッチョ」解説は今のところ『美少女ゲームの臨界点』が一番詳しいようだ。

毎月何本ものエロゲを消費している姿なんて、喉が渇いているのに海水を一生懸命飲んで喉を潤そうとしてるようにしか見えないんだよなあ。
ぬるくてカルキ臭くても「生水」飲めよ!とか言いたくなっちゃう。

この喩えに笑った。

ついでに参考資料を。chuyanさんが書いたのと同じだけど。『美少女ゲームの臨界点』はエロゲー関係の知識がないと理解しにくい書籍なので、上級者向けということで。
http://d.hatena.ne.jp/chunyan/20050715/1121461410

「美少女」の現代史 (講談社現代新書)

「美少女」の現代史 (講談社現代新書)

ササキバラゴウ氏の歴史に重点を置いた基本論考。新書であるから、かなりわかりやすく書かれている。そのため、物足りない人もいるかも。
新現実 Vol.2 (カドカワムック (178))

新現実 Vol.2 (カドカワムック (178))

これに掲載されている「傷付ける性 団塊の世代からおたく世代へ −ギャルゲー的セクシャリティの起源」は『〈美少女〉の現代史』の前に書かれたもの。こちらは新書と違い、かなり多岐に渡った話をしており、読み応えあり。ここではあまり触れなかったけど、ショタ関係はこの“「傷付ける性」としての男性”から逃げる動きが一番エッジに出たものといえる。この書籍では永山薫氏がショタに関しての考察をしている。