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自分をプレゼンテーションする能力が低い人への視線

世界のはて - たぶん断絶の根っこは、「コミュニケーション弱者」に対する「軽蔑の視線」を許容するのか、しないのか?ってこと
http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20050830/1125351516

つまり、今回の論争の根っこにあったのは、「外見/内面の二項対立」ではなくて、「『コミュニケーション弱者』に対する『容赦のない軽蔑の視線』を、許容する/しないの二項対立」だったんですよ*2。この部分が共有されていなかったために、お互いの話が噛み合わず、「俺の、俺の、俺の話を聴けぇ〜!」状態になってしまったのではないか、と。

ようやく断絶の理由がわかった…。
なお、Masaoさんは「少なくとも、僕はそういうつもりでずっと書いていた」と書かれてるけど、これは読み取れなかった。論争を読んでいた時には、どうも「内面」というキーワードがきっかけになったと感じたし、「内面」「人格」といった言葉が出てきていたし。
世界のはて - 外見と内面を結びつける残酷さ、そして選択者の欺瞞
http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20050819/1124456792
世界のはて - 口では外見を過小評価し、実際には過大評価していませんか?
http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20050823/1124755284
タイトルだけに引っ張られてもしょうがないんだけど、こういう風に言われると、「内面」がどうも大きな問題らしいと思ってしまった。
なお、自分がそうそうと思っていたのはなんばりょうすけさんの指摘
児童小銃 .456 - 外見と内面
http://d.hatena.ne.jp/rna/20050822#p1
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20050819/1124456792

2005年08月22日 rna 『「外見そのもの」ではなく「外見に配慮する態度」が内面として評価されてるのでは。』

bdfd annex - 色々ひっくるめてお返事とか
http://d.hatena.ne.jp/pippi/20050820#1124551892
bdfd annex - 超・超・長文!注意!
http://d.hatena.ne.jp/pippi/20050828#1125165226
今回の議論のきっかけはレイコさんのこの辺りから。それらをふまえて自分なりにまとめてみる。以下相当な長文なので注意。長くなったので反応が遅くなったという。

他人に自分を理解してもらうための「プレゼンテーション」

「人格」でも「内面」でも何でもいいんだけど、誰でも「自分はこうだと思っている」というイメージがある。しかし、それは自分が思っているだけでは他人に伝わらない。言説や行動として外部に出力しなければ他人に理解されない。自分の認識と他人の認識の差をなるべくなくすために、いろいろな出力=アピールを他人にすることになる。ファッションもその一つだろう。それが「ファッションには内面がにじみ出る」発言に繋がる。
自分の場合、こういった他人に自分を理解してもらうための能力を「プレゼンテーション能力」と呼んでいるのだけど、デミさんの文章で言われていた「コミュニケーションスキルが低い」というのはこの場合、それなのだろうと思っていた。
2000年代に考える「ネアカ」と「ネクラ」
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20050817/neaka
これを書いた時は、オタクになるべくしてなった人ではなく、たまたまオタクになっちゃった人の問題として考えていたんだけど、もっといえば、たまたまオタクになっちゃってかつプレゼンテーション能力が低い人はどうする?ということであった。
会話などリアルタイムコミュニケーションによるプレゼンテーション能力が低いのならば、何らかの技術など、しゃべらなくても他人に評価されやすい能力を持って、他人に自分をプレゼンすればいいと考えていたけど、それさえもない人はどうすればいいんだ?と。
※オタクの中でも調子のいいだけで何もしない人と寡黙だが技術力のある人の対立をうまく描いた作品として細野不二彦氏の『あどりぶシネ倶楽部』の1エピソードがある。

あどりぶシネ倶楽部 (小学館文庫)

あどりぶシネ倶楽部 (小学館文庫)

この時にはあえて触れなかったんだけど、デミさんの文章で一番残酷だと思ったのは「コミュニケーションスキルの低い者」よりも「愛されない者」という表現だった。どうやれば愛されるのか?なんてのはかなりケースバイケースの議論になってしまうからだ。
たとえば「ドジっこは愛される」といわれることがある。しかし、これはもともと好感を持たれている人がドジをした時に愛嬌の一つとして愛されているのであり、好感を持たれてない人がドジをしても嗤われるだけだ。もともと好感を持たれている人は好感のスパイラルが起きやすいが、好感を持たれてない人には逆のスパイラルが発生しやすい。

自分の話しかしない人

サヨナナ: これが俺の決定版「オタクの定義」
http://replica-love.jp/sayonana/archives/000279.html

オタクの人たちってね、つねにオレ、おれ、俺なんですよ。会話ってのは言葉のキャッチボールのはずなのに、平気で自分の話が始められる。得てして自慢話。今自分がいかに素晴らしいか、過去の自分がいかに影響力があったか。ヒロシ言うところの「自分を高く見せて頑張る」ってやつだ。
 実はそういうのって一対一で話をしている時より三人以上の方がわかり易い。話の流れをぶったぎって自分語りを始めて、周囲全員が自分の話をただ聞いているということに疑問を感じないんですね。他人に興味がないってのもあるだろうけど、とにかく場の空気が気にならないんですね。

ちょっと前にはてなブックマークで再度発見されて(http://b.hatena.ne.jp/entry/http://replica-love.jp/sayonana/archives/000279.html)、オタクの定義じゃないとか言われていた実験4号さんのこれだけど、自慢話しかしない、なんてのはまさにプレゼンテーション能力の低い人のパターンだ。ただ、こういう人はおそらく「コミュニケーション弱者」とは認識されてなさそうな気が…。その辺で齟齬が出てそう。
もちろん、これは別にオタクに限らない話で、よく女性から「男性は自分の自慢話しかしない」なんて愚痴が出てきたりする。自慢話が、オタク知識か成功した仕事とか高級車とかそんな程度の違いでしかなく、相手が興味を持ってない話題であることには変わりない。自分のことをわかってもらうために本人は話しているが、それがマイナスの効果を出していることに気付かない。

営業能力

こういった「プレゼンテーション能力問題」としては、以前から紹介しようしようと思っていたものの忘れていたmaroyakasaさんの営業の話題が興味深い。
九尾のネコ鞭 恋愛と営業
http://d.hatena.ne.jp/maroyakasa/20041227#p1
恋愛と営業は似ているという話。ウソをつけない正直者には営業はできない。同様に幻想を売る恋愛において、自分を高く売ろうとすることはウソをつくことだと思うので躊躇してしまう。営業も恋愛も厚かましさが必要。
内向的な人間にとって、自分を自分の評価以上に見せることには抵抗がある。その上、自己評価が低かったら、ますます自分をアピールすることに躊躇してしまうだろう。
イヌヤマさんはそういった人に対して、道化を演じて、誘い受けになることを勧めていたが、道化を演じること自体が内向的な人間にとっては苦痛。
【犬惑星】 - 「誘い受け」のススメ
http://d.hatena.ne.jp/dogplanet/20050722/p1
※この問題は、エンジニアVS営業問題などにも繋がると考える。
どう反撃する?エンジニアvs営業☆壮絶バトルシーン/Tech総研
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03500.jsp?p=lwa013

1対1と1対Nの話が一緒になってる

あと、もう一つの断絶というか論争の根っこにあったのは、恋愛という1対1の話と1対N(複数)の話が混じって話されていたこと。これはもともと「非モテ」という単語が持っている問題点としてある。もともと、第三者評価で、不特定多数の人から好意を持たれるという意味の「モテ」という単語の否定形を自称に使う時点で問題がねじれてるのだ。
※参考  オタクの考えるモテとは?
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20041224/otamote
レイコさんは1対1の話として書いていたのだが、1対Nとしても読める部分をクローズアップして読み込む人が多かった。
振り向くな - ブックマーク(これは陰口です僻みです妬みです)
http://d.hatena.ne.jp/naruhara/20050822/1124671579
1対Nの話として見る人からすれば、こんな風にイジメの話に繋がってくる。
【犬惑星】 - モテと『「あえて選ばない」という自由』
http://d.hatena.ne.jp/dogplanet/20050720/p1
以前イヌヤマさんが1対1が1対Nになる問題点を指摘していた。
刺身☆ブーメラン(金子健介)のはてなダイアリー - 「一対一で相手にしてもらえる自信がない」のは恋愛弱者だけのせいなのか
http://d.hatena.ne.jp/a666666/20050722/1121970363

で、なんで一対Nの話にもっていくかというと、「不特定多数からモテない」ことはそれほど致命的じゃないからだ。どこにでもいる普通の一人の女の子に振られるのはかっこ悪い。それこそ人格否定、存在そのものを拒絶されたようにガーンとなる。

この辺が鍵なのかなという気はする。

まとめ

以上をふまえた上で、Masaoさんが提案した“「コミュニケーション弱者」に対する「軽蔑の視線」を許容するか?”を考えてみる。
初対面の段階では、会話の流れを読まないでやたらと話すタイプの人、上で挙げた「オレオレくん」タイプは、苦手なので避けてる。その後、継続的なコミュニケーションは取らない。
あまり話さない人は、判断材料が少ないのでその場では強い判断をしない。ブログなどを持っていて、その人の考えが事前にわかっている場合は、それが判断材料に。継続してコミュニケーションを取る可能性はある。
判断に困るのが、あまり話さないんだけど、たまに話す内容がすごくネガティブな人。少量の情報で判断するのは良くないのだが、自分の経験からすると、こういう人はあとあといやな経験が起きることが多い…。
日日ノ日キ - コミュニケーションスキルの高い人間は
http://d.hatena.ne.jp/amiyoshida/20050902/1125618999
吉田アミさんが言う「コミュニケーションスキルが高いと自分で思いこんでいるようなお調子者」が一番苦手。感覚でいうと「うっとうしい」に。こういう人は、このお調子者パターンが通じるところ*1を何度か経験しているが故に、自分はコミュニケーションスキルが高いと思っており、そして自分がその場の人間関係をいつでも仕切れると勘違いしてる。
飲み会などでよくあるのだが、特に興味のある会話もないのでぼーっとしてたり、はやく時間過ぎねーかなあとか思って、この飲み会には積極的に参加しませんオーラを出していても、「○○さん、楽しんでる?」(何らかの話題を振る訳ではなく、気分の質問というのがミソ)とかわざわざ聞いてくる人がいる。そんなもの見れば一発でわかるんだから、わざわざ聞かないで欲しい。こういう人は「他人に気を使ってますよ」というアピールを周りにしたいのだろうか。天然の人も多いのだろうが。
そして、わざわざ「○○さん、話してないけど?」といって発言を強要してくる人間は最悪だ。発言したくないからだまっているのに発言を強要してくるのは、「お前はこの場の空気を壊しているのだ」と暗に言いたいのだろう。
上と似たタイプなのだが、その場に発言していない人がいるからといって、その発言してない人に無理に発言機会を与えようとする人も困る。あまり話さない人が話したがりそうになってきた時に、話し出せるように誘導するのならいいのだが、この場合、単に機会平等という意味で話させようとしている人だ。発言したくない時に発言を要求されて、気の利いたことが言える人なんてそうそういない。発言したくないのに発言を無理強いされて、そこで変なことを言ってしまって、他人から嘲笑されてしまったりしたら…。
振り向くな - 深読みし過ぎ
http://d.hatena.ne.jp/naruhara/20050823/1124758877

最低限の(?)お洒落をしてない人→「私は外見に気を遣わない人間ですよ」というアピールをしてる人→「キモい人間だと思われても良いですよ」というアピールをしてる人→「キモい」と罵られてもしょうがない(怒る権利が無い)人
何故「「私は外見に気を遣わない人間ですよ」というアピールをしてる人」で止まらないんだろう。どうしてそこから「他人から嫌われる覚悟のある人」になってしまうんだろう。

ここで指摘されていたが、こういった「何も行動してない」(情報がない)ということに対して、過剰に意味を見い出す人は多いのだが、そういう行為は息苦しいと感じる。
結論として会話や場の流れを読まない自己主張の強い人に対しては、軽蔑と言われてもしょうがない視線は送っているかもしれない。ただ、こういう人は「コミュニケーション弱者」と規定されてない感はある。
あまりしゃべらない人がコミュニケーション弱者として規定されているのなら、その人にそういった視線を送るまでの感情は起きない。そこまでの情報がないからだ。ただ「情報がない」ということは同時に存在感がないということでもある。
「情報のなさ」から不気味に感じることは、マクロレベルでいえば外国人問題などがあり、この解決はなかなか難しいだろう。でも、個別の人間関係のようなミクロレベルの場合は、相手から正確な情報を読み取る努力をなるべくして、「情報のなさ」から過剰に意味を読み取ることはしないほうが、お互い過ごしやすいのではないかと考える。

*1:当然ながらそういう場所もある