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最近はオーディオブログです

身内の繋がりを強化するためか、新しい繋がりを作るためか

http://d.hatena.ne.jp/summercontrail/20040730#p3
パブリックな場であるということに無頓着に、内輪話に打ち興じている点

よく雑誌などに対していわれる「公共の誌面の私物化」と同じ構造の指摘ですよね。商業ベースの雑誌のように誰でも書ける訳ではなく、ある程度の基準がないと発表できない場所なら「公共」というのはわかるんだけど、Webサイトのように発表は平等(読まれることに関してはもちろん平等ではない)の場所は「公共」なのか?という疑問があったために、「公共」という概念は思い浮かんだものの言及しませんでした。
掲示板などのように多数の利用者がいるような場所は公共性が高いだろうけど(最初から身内でやっているところは別)、個人サイトは結構微妙な場所です。まず、執筆者側と閲覧者側で意識が違ってそうで、執筆者からすれば自分の城だけど、閲覧者からすれば誰でも見られる場所だから公共の場。
はてなWeblogが開かれた場に見えやすいというのは、コメントやTrackBackなどのシステムがあるから、閲覧者側からすると情報発信に重きを置いている(=公共性が高く見える)ように見えるからでしょう。
だから、「情報発信に重きを置いているように見える場所」(不特定多数に向けている)で「内輪話に興じている」(身内に向けている)のを見ると、「けまらしい」といわれるような感覚を呼び起こすのではないかと。
http://d.hatena.ne.jp/pavlusha/20040729#p5
でも、こちらでJUGEMのトラブル絡みで指摘されているように、実はWeblogサービスというのは執筆者側からすると、情報発信よりコミュニケーションが重視されている傾向もあり、その辺で執筆者側と閲覧者側に意識の差がありそうです。
コメントやTrackBackといったシステムを、情報発信に対する反応を効率よく受け取るための仕組みと見るか、とにかく繋がりを作るための仕組みと見るか、といった違い。前者は閲覧者側からで、後者は執筆者側の視点。
Weblogは新しい人と知り合うためのシステムと見られがちだけど、今後は身内(既に知っている人)との繋がりを強化するために使う人も増えるでしょう。
JUGEMのトラブルを、ユーザーは「印刷所が数日止まった」と受け取らずに、「電話が数日止まった」という受け取り方をしている感はあります。
なお、携帯でよく見られるような繋がることを目的としたコミュニケーションに関する考察としては澁川さんの「寂しさ再生産」という記事が面白いので未読の方はどうぞ。
http://it.nikkei.co.jp/it/njh/njh.cfm?i=20040320s2002s2
追記:
http://www.asvattha.net/soul/index.php?itemid=370
charlieさんのところで、社会学的には、ネットワークメディアには「関係を拡大させる」機能と「関係を緊密にする」機能というふたつの面があることが指摘されていたという記述があって納得。