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感情増幅装置としてのブログ

[雑記] 見ず知らずの妊婦に泣かされました - 憂鬱な昨日に猫パンチ 不安な明日に猫キック (2006-10-23)
http://spica.tdiary.net/20061023.html#p01
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://spica.tdiary.net/20061023.html%23p01

素光さんのこの記事が話題を呼んでいるのを見て、「席を譲らなかった若者」*1のような話というのは、語りやすいんだなあと思った。このあと徳保さんがしかめっつらで登場すれば完璧な展開と思っていたのだが、期待に応えてた。さすがだ!*2
個人に起きた事で個人的な感情を書いている記事でも、年金やら産休という要素が入っているおかげで社会の話にできて、それについて自分の意見が語れる。元の記事のコメント欄で、素光さんがあくまでその場に起きた感情を忠実に書いたものであり、あとから理性的に考えればその時の感情は理不尽だというまとめをしてるんだけど、それは無視されて、どんどん産休の話に。「産休」→「女性の容姿の表現」というコンボで確率変動大当たり。
昔書いた自分の記事を思い出したけど、感情の増幅装置としてネットは優秀だ。しかし、その感情が正しく他人に伝わるとは限らない。最初の記事を書いた本人の感情の機微は隅に追いやられ、元の記事の中の万人に理解できる部分だけクローズアップされ、あらたな枠組みで解釈されるようになってしまう。
ARTIFACT ―人工事実― : ブログのワイドショー化
http://artifact-jp.com/mt/archives/200603/blogvarietyshow.html
この記事でリンクしている記事を再掲。

砂上のバラック - まさに「ブロガーの病」とでも言うべき
http://d.hatena.ne.jp/number29/20060207#1139327551

思考錯誤 - 母親毒殺未遂事件とリアリティ・ブログ
http://d.hatena.ne.jp/dice-x/20051104#p1
そのなかから、リアリティ・ブログとでもいうような「リアリティ」が生じてはいないだろうか。
ブログに向かって人間が透明化されるという事態。
こうした事態を、ネットはテレビ以上にたやすく(また意図せずして)ひきおこしうるだろうし、また、そこから生じる「リアリティ」もテレビ以上で強力なものでありうるように思える。
もちろん、テレビに比べれば、あるブログによって下書きされた「リアリティ・ブログ」の構図に接する人の数など、たかがしれているだろう。
ただ、何かしらネットの「リアリティ」、およびリアリティ・テレビ的な「リアリティ」の微妙な変節点を感じるところもあるのだ。

自分のブログがリアリティ・ブログの素材にされないようにするための抵抗方法としては、「Permlinkをつけない」「記事名をつけない」「とにかく長文でわかりにくくする」とかぐらいしか思いつかない。*3または、素材扱いされても気にしない、とか。


※余談

Say::So? - 君は産休を有給か何かだとでも思っているのかね
http://d.hatena.ne.jp/b_say_so/20061029/1162097828
ただ女性が女性に向かって何かしら負の感情を出している文章なり発言を読むと書かずにはおれないのです。それこそ泣きながら。言い出した男の容貌に関して記述があれば書かなかったと思います。

このコメントが印象に残ったんだけど、大手小町とか見ると耐えられないのかもしれない。

*1:http://rakudaj.seesaa.net/article/3130212.html コメントが大変多いので見る時は注意

*2:http://deztec.jp/design/06/10/31_reading.html

*3:これははてブされない対策にもなる