極東ブログ: 母親毒殺未遂高一少女事件の印象
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2005/11/post_42ce.html
極東ブログの静岡の母親毒殺未遂事件の記事に対して、医学都市伝説が反応。
医学都市伝説: クセナキスと精神医学(1)
http://med-legend.com/mt/archives/2005/11/post_695.html
ブログを通じて独自の姿勢から鋭い論評を展開しておられる「極東ブログ」では、そういう情報アクセスの疎外形態を批判するような安易な姿勢ではなく、この事件が自らの心象世界に落とす影を検証するというかたちでこの出来事を理解していこうとしておられるようである。しかし、正直いってその記述と考察は何一つ私には理解できない。メダルト・ボスを引いておられる理由もさっぱりわからない(*)。自分自身の教養のなさを思い知る一方で、こういうアプローチは書いておられる本人にしか意味がないのだろうとも思う。もちろん、その蘊蓄と文体に感銘を受ける人にとっても意味はあるのだろうが、少なくとも私はその一人ではないようだ。
「そんなを書いてもあなたの自己満足ですよー」をこんな遠回しに!
http://finalvent.jugem.jp/?eid=53
そして最近の極東ブログのお勧め図書が木村敏氏であるかのを見たのか、
医学都市伝説: クセナキスと精神医学(2)
http://med-legend.com/mt/archives/2005/11/post_696.html
我々はクセナキスのような超絶ポリフォニーは決して奏でず、言うならば初心者向け3コードしか使わない。事実関係を明らかにし、病的過程の有無を判断し、医療的介入の是非について決定するだけである。スポーツでもアマチュアの方がプロより技巧に優れている分野があるが(スキーとか、スケートとか)、精神医学もその一つなのである。個人的な趣味のレベルで技巧を駆使するのは自由で、それが「芸」のレベルに達するものなら物書きとか(キムラビンさんとか)、マスコミ芸人(なんとかリカさんとか)になるのも一つの道である。多様な生き方を切り開く勇気には賞賛を惜しまないのだが、それとサービス業としての精神医学臨床は全く別モノなのである。
なんて感じで。関係ないけど「キムラビン」って「キム・ラビン」と読むと、イスラエルの元首相みたいだ。
この事件に対しては、
え、「母親殺害未遂事件」はどうなんだって?世の中には訳わからんことする人は多い、というあたりで勘弁して頂くしかありません。自分の痛みには敏感だが、他者の痛みには全く目を向けられないという人はいますからなぁ。あの年代なら、精神疾患の始まりである可能性は高いのではないかなぁ、というのが精一杯の意見。
と締める。
この攻め方は、最近の派手な揉め事に比べると地味だが、炭火のような燃え方で渋いね! ねちっこいとも言うけど。
思考錯誤 - 母親毒殺未遂事件とリアリティ・ブログ
http://d.hatena.ne.jp/dice-x/20051104#p1
この事件に対しては、辻大介さんの文章が面白かった。自分なりの乱暴な要約をすると、「不思議な事件に対して、ブログは容易にワイドショウ化する」というもの。
社会的な事件に対していろいろ意見を言うブログに対して「新聞投書ブログ」という名称を考えていたんだけど「ワイドショウブログ」のほうがいいかもしれない。自分も含めて、ワイドショウ化に荷担するということはよく考えておきたい。
あと、同じ高校生であるi:rir6さんが、
はてなブックマーク - 母を毒殺未遂容疑の高1女子、ブログで動機示唆 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20051101i408.htm
2005年11月01日 rir6 『[★★★☆☆]『悔しいなぁ……』』
というコメントを残していて、何がどう「悔しい」のかすごく気になった。「同じ静岡の高校生が目立って悔しいの?」とか安易な想像はたくさんできたけど。
※タイトルの元ネタはこれ
猫を償うに猫をもってせよ - 俺にからめよ山形浩生
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20050930