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「ユーザーがより緩やかな著作権管理を求めていくというのなら、ユーザーの側が率先して自らが生み出したコンテンツに対して緩やかな管理を行なっていくべき」という意見には賛同するけど

幻想の一枚岩(追記あり) - 万来堂日記2nd[↑B]

リンクしたエントリに関して、無断転載と盗用が混同されているところを問題視している方も多いようで、で、確かに混同されていると思うのだけれど、論旨は別の所にあると思うので、私自身は問題視はしていない。

混同を問題視していた人なので反応してみる。

要するにアレでしょ? ユーザーがより緩やかな著作権管理を求めていくというのなら、ユーザーの側が率先して自らが生み出したコンテンツに対して緩やかな管理を行なっていくべきだという話でしょ? 「まず隗より始めよ」という奴。転載と盗用が混同されているという指摘も、例として唐沢俊一氏のことを挙げるのは適切ではないという指摘も、その設問に対する答えにはなっていないんじゃないかな、と、思う。

確かに最大限好意的に読み取れば、そうなるんだけど、どうも徳保さんの真意ってそれに読めなくて。
それは柊さんが解説しているから引用する。
だから全然違うんだってば[↑B]

どうもこう、一連の文章は
「私が想像のなかで創造した可哀想な人物群(A)の権利を同じく脳内生成した無法な市民様(B)が食い物にしており、しかも(B)は自分の権利だけはガチガチに保護しようとしている! そういうの大嫌い!」
ってな感じで可哀想な権利者なる人物像を徳保さんが勝手に生み出して勝手に哀れんで勝手に怒ってるように見えてしまうんだな、僕には。

こんな感じで「勝手にいろいろ複合させた仮想敵を叩いて、やれやれと言っている」のに見えてしまう。
唐沢氏の例は、「素人の文章を使ったプロを糾弾する心の狭い素人たち」という構図のためだったらしいが、それは問題を単純化しているから、やっぱり不適切だと思うなあ。
徳保さんはユーザーは自分の著作物の利用に対して非寛容だ!と言うけど、ユーザーが生み出したコンテンツ、あの記事の場合はブログの文章に対しては、無断転載されていても、それほど批判されないし、既に自分の著作物に対して緩く考えている人は多いと反論した。*1
もし、仮にユーザーに著作権の緩やかな管理を求めたいというのなら、もっと違う書き方があったはず。そうじゃない辺りで、柊さんと同じ感想を持ってしまったのだ。

*1:表現ジャンルによって温度差があって、たとえばイラストのように転載に関しては厳しいジャンルもある