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内田樹氏のロボット在日米軍説に関して

ARTIFACT@ハテナ系 - 巨大な破壊力を持っているロボットが在日米軍で、それを文民統制している無垢な少年こそが日本[↑B]
そういえば、この記事での内田樹氏の分析に納得という反応があって、自分はこういう言説があるというメモと、ちょっとおかしい分析ではないかというつもりで書いていたのだが、うまく伝わらなかったので補足。
内田樹の研究室 2006: 売れた新書が五万冊[↑B]

この「恐るべき破壊力をもったモビルスーツ状のメカ」は日米安保条約によって駐留する在日米軍であり、それを「文民統制」している「無垢な少年」こそ日本のセルフイメージに他ならない。

これが内田樹氏の原文だが、「モビルスーツ在日米軍)を無垢な少年(日本)がコントロールしている」という構図を提示しているのがおかしい。在日米軍は米政府の管理下で動いているのであり、米政府は日本政府の意向はちょっとは気にするが、基本的に気にしてない。気にしていたら、在日米軍問題は起きないだろう。これを「文民統制」という専門用語で、まるで日本が在日米軍をコントロールしているかのように言って、よく知らない人を煙に巻いているのがタチ悪い。ちなみに、この内田樹氏の記事はアメコミのスーパーヒーロー分析の大雑把さも批判されている。
というわけで、この内田氏の分析は厳密性がなく、「何となくそうかも?」という曖昧な考えをバックアップする「理解したつもりになれる」タイプの言説だと自分は認識している。


内田氏の話とは別になるけど。この記事を書くために、過去記事を見ていたら、
いつのころから新発売3 - 特攻、無線操縦、ロボット[↑B]
こちらの言及から、藤津亮太氏の記事を発見。
藤津亮太の只今徐行運転中:昭和30年代という端境期――あるいは「罪」と「罰」(『鉄人28号』) - livedoor Blog(ブログ)[↑B]

 「日本では、戦争に負けた一時期『まぼろし探偵』とか『鉄腕アトム』とか『少年王者』とか子供が大人よりも活躍するマンガが流行ったんですよ。大人が信用できなくなったんですね。(略)そのほうが説得力があった時代があったんです」
 この発言者である宮崎駿監督は昭和16年(41年)生まれ。これはおそらく宮崎監督の体験を後に、自分なりに咀嚼した結果の発言であろう。大人でなく、子供がヒーローとなる日本の大衆文化の源流を探れば、おそらくその「戦争に負けた一時期」になるだろう。原作の「鉄人28号」が発表された昭和31年(56年)もまた、広い意味でそうした「戦争に負けた一時期」に含まれるはずだ。

この宮崎駿氏の発言は「敗戦によって大人が信頼できなくなり、子供が活躍する作品が増えた」という一見わかりやすい話に読めるが、戦前でも子供が主人公の人気冒険小説もある訳で、その辺の整合性がないのではないか?
※これに関しては、受け手としての宮崎氏は、ヒット作品から、そのような時代の空気を感じたという話として読むのがいいのだろう
こうしてみると、アニメや漫画などでの子供向け作品に子供が主人公の話が多いということについては、あくまで子供が感情移入しやすくするための工夫であって、そこから何らかの思想を見出すのは、あまり筋がよくないなあ。


考えて面白そうな議題は、漫画は子供向けだけでなくなり、主人公の年齢の幅が広がったが、アニメはいまだに思春期の少年少女が主人公になりやすいのか?という点か。以前、似たようなことを書いた時に、アニメの主要ターゲットが10代だからという意見があったけど、DVDを売るのがビジネスモデルになっているようなアニメは明らかに20代以上なわけだし。そこから、アニメの視聴者層は特に思春期への回顧を求めるとは考えられる。エロゲーとの親和性もこの延長で考えられる。旬のオタク作品は10代にウケるものという意識の根源にも繋がりそうだ。
ARTIFACT@ハテナ系 - 素人が難題を勘と運で乗り越えるのではなくて、プロが知恵をしぼって解決するアニメをもっと見たい[↑B]