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都市の匿名性は消費の匿名性と強い繋がりがあるのでは

今回、日本で感じたこと −一歩踏みだすと、まったく新しい世界が開けてくる : 小林恭子の英国メディア・ウオッチ[↑B]
小林恭子氏のブログはイギリスのメディアに関する興味深い情報が多いのだが、今回はちょっと疑問があった。

日本に住んでいる人からすれば、(1)から(4)についてあまり不便さを感じないかもしれないし、「関係ない」と思われるだろうか?

と言われるが、ATMの24時間体制に関しては、日本に住んでいても思いっきり恩恵を受ける訳で、実際問題コンビニATMの普及で、ATMの24時間体制化は非常に進んでいるのではないだろうか。
とまーこれは細かい部分だが、気になったのはカード決済ができない店舗が多いことを不便だとして批判している部分。これは旅行者でも入る機会が多そうな個人経営の飲食店などをイメージしているのではないかと思うのだが、記事では上の文章のあと、このように続く。

 そんな方には、ある人による都市の定義を紹介したい。

 フィンランドヘルシンキで会った、ソマリア人の移民の男性と話していたときだ。「都市の特徴は、無名でいられること」と言われ、どきっとしたものだ。

 人口が極度に少ない、ある小さな村のことを考えてみよう(あくまで例として)。誰もが誰もを知っている。良くも悪くも互いの行動を知っている、ある意味では監視して・されている。無名では生きられない。ところが都市には、顔を見ても誰かを識別できないほど色々な人が生きている。

 村では派手と見られる服装をしたら、親戚や親が何か言うかもしれない(言わないかもしれないが)。ところが都市では、他人は眉をつり上げることさえしない。自分で行動に責任を持つならば、どんな風に生きても誰にもうるさく言われない。ロンドンに住んでいると、この「無名で生きられる自由」を感じる。

クレジットカードは、便利さと引き替えに消費の匿名性を失う。よって消費における無名さはなくなるはずだが、都市の匿名性の高さを評価する人が、消費での匿名性を失うことを気にしないというのがよくわからない。そもそもカードは一定の収入がある人間でないと持てない訳で、生き方の自由を縛らないと持てない持ち物だろう。
また、店舗が現金以外の支払いの選択肢を増やすことは消費者にとっては便利だけど、個人経営の小さな店でカードが使えるようにしてほしいという要望は、ただでさえ厳しい個人経営の店にカード会社への余計な負担を増やして、結局負担に耐えられるような大規模な店しか残らないという、消費者にとって嬉しくない結果をもたらすだろう。
旅行者が大量の現金を持ち歩くのは危険だから、カードが使える店が多い方が旅行者に優しい、という話なら、納得できるのだが、カードの話に納得できない人のために「都市の特徴は、無名でいられること」という話を持ち出すというのはピンとこない。
「海外で作ったカードを使えるATMが限られている」は旅行者にとって確かに不便だろうし、「プリペイドの携帯電話が多くない」は、たしかに都市の匿名性と繋がっているとは思うのだが。