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最近はオーディオブログです

「会ってみる」と「友達になる」(継続的に交流が続く)は別

ネットの人と会うことについて - おれはおまえのパパじゃない[↑B]
テラヤマさんのこの記事を読んで、自分の中で違和感があった。

文章が好きであればあるほど、なんか逆に会いたくないみたいな感じが出てきます。俺音楽とか聞かないからアレですけども、死ぬほど好きなバンドがあるとして、ずっとそのバンドを追いかけ続けたいとは思っても、友達になるのはなんか違うでしょ。友達になった時点で、そのバンドは自分の中でただの友達になりさがっちゃう。逆に自分自身も、ずっとファンだったのがファンじゃなくなっちゃう。友達になるより、ずっとファンでいたいんですよ。みたいな感覚。

その違和感がはっきりわかったのがここ。音楽ではなくて、小説でも漫画でも何でもいいけど、作者から直接話を聞くという経験は非常に面白い。それほど好きではない作品だって、作者に話を聞いてみると、なるほど、そんな背景があったのか…などいろいろなことがわかる。でも、その作者とずっと交流が続くのか?と言ったら、当然そんなことはない。よほど、何かお互いに通じることでもない限り、交流が続く訳ではない。
それと同じで、個人サイトでも、管理人のアウトプットに関心があるのなら、そのアウトプットが出るまでの経緯や、ネットに出てこない部分などは、直接会えば、いろいろな話が聞けて面白い。会ってみると、それまで自分があまり興味を持たないで読んでいた文章から、意味を読み取れるようになって面白いということもある。しかし、会ったからといって、プライベートな交流が続くとは限らない。
テラヤマさんの記事だと、会ったあと、友達になる(友達の定義はいろいろだが、ここでは「直接に会うような交流が続く」としておく)ということが前提になっているのが違和感の原因だった。直接会ったのなら、その後も会うことが続かないと失礼という意識があるのかもしれない。しかし、自分の場合、会ったあとも、継続的にお互いにサイトを読んで、コメントする程度で、プライベートでやりとりしたり、会ったりしないという距離感のネット人間関係は結構あるので。

ネットの卑近なところで言うと、こういう経験ないスか? ずっとファンだった人とオフ会で会うようになって、ようやく友達になれたみたいなところで、その人のサイト見なくなっちゃうっていう。ずっとファンだったのに。やっぱ友達になっちゃったからですよね。友達付き合いは続くけど、その人のサイトには興味が薄れていく。寂しい。こんなはずじゃなかったのに。友人の近況を知るための回覧板くらいのレベルになっちゃう。

この部分を更に深読みしてみる。会ったあと、交流は続いて、相手のサイトを近況報告程度に読むのはまだ良い方だ。一番嫌な流れは、会ったたあと、相手との交流は続かなくなり、相手のサイトも読まなくなって、疎遠になるという形だろう。「会う」というのは、決定的に関係を変えてしまう。それを避けたいのなら、確かに「会わない」という選択肢を選ぶのもいいとは思う。
この手の話だと「あなたのサイトはあまり読んでないけど会ってみたい」という人がいて驚いたことがある。でも、考えてみれば、そのサイトを読み込むことと会ってみたいという気持ちはイコールではない。一部の文章だけでも興味が湧いたというのなら、会う意味はあるのだろう。
※追記
CONCORDE: 「遠くよりお慕い申し上げております」[↑B]
そもそも会う以前に、メールなりいろいろなコンタクト手段があるんではないか?というツッコミがあったけど、それはその通りで。この記事は最初の記事が会う会わないをテーマにしていたので、それに沿った話題となってしまったが、ネットでのコミュニケーション手段がメールか掲示板ぐらいしかなかった10年前ならともかく、現在では様々なコミュニケーション手段によって、会わなくてもかなりの部分を補完できるだろう。