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「今のセーブデータを大切にして生きろ」

トラカレ! ― 知と情報を繋ぐ人文系ニュースサイト ― - 筆不精者の雑彙 : ロフト+1「秋葉原通り魔事件 絶望する社会に希望はあるか」レポ[↑B]
でリンクされているロフトの秋葉原事件のイベントのレポート(ZIPされたテキストデータの方)を読んでいたら、質疑応答での東浩紀氏の発言が面白かったのでメモ。

質問者1「物語がコピーというのが許せない」*1
東「オリジナルなんてないよ。ゲームみたいなもんだ。でも1回しかない。コピーとかオリジナルとかって問題じゃない。今のセーブデータを大切にして生きろ」

すごい、かっこいい。フィクションの決めゼリフみたいだ。っていうと馬鹿にしているように聞こえるけど、本気でかっこいいと思ったので!
この発言を見て思ったけど、ノベルゲームみたいな物語重視タイプのゲームにおけるセーブデータって、個人個人の差は薄いけれど、それ以外のゲームのセーブデータの方が個人個人にとって違う。
ゲーム的リアリズムはノベルゲー以外のほうが本来適用しやすいのに、ノベルゲーで話を進めてしまっているというのがわかりづらいところなのかもしれない。多分一番最適なのは『Wizardry』みたいなタイプの、個人個人のプレイによる差が出やすいゲームだろう。
「セーブデータ」と言わずに「記憶」といえば普通のコメントになるのだけど、ゲーム用語である「セーブデータ」を持ってくることによって、インパクトが強くなっている。

*1:秋葉原事件が下関事件の模倣だという流れから