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最近はオーディオブログです

「頭が良い人」のイメージ

Diary of Hopeless Sinner 頭の良い人といると疲れる。
http://s03.2log.net/home/hopeless/archives/blog20060719.html

ここを見ていたら、「頭が良い」というのが人によって違う認識が多くて面白かった。絶対的な評価というより、当たり前だけど自分と相手の関係を見ている意見が多い。それをイヤミでいえば「自分の都合のいい相手を頭が良いって言ってるだけじゃね?」になるのだが。

  • ポジティブなイメージ
    • すべて言わなくても察してくれる
    • 相手のレベルに合わせて、言葉や説明を選んでくれる
    • 相手の言った拙い内容をうまく理解してまとめてくれる
    • きちんと会話がキャッチボールになっている
  • ネガティブなイメージ
    • 相手のレベルに合わせず、難しい言葉を使ったまま説明したりする
    • 知識量などを自分が優位に立つための誇示に使っているように見える
    • 会話が一方的

複雑なことを簡単に説明できるというのは、いろいろな細かい部分をばっさり落とすことで、正確さを犠牲にしている。正確さを犠牲にできない人はネガティブなイメージを持たれやすい。
相手の頭の良さを感じるのが会話をしている時だから、「頭が良い」というのが、相手のことを理解して会話しているかどうか?にしぼられているという。
「知識」「頭の回転速度」「話し方のうまさ」を頭の良さの要素として挙げているコメントがあったけど、レスを見ていると「知識」よりも「頭の回転速度」「話し方のうまさ」が重視されている印象がある。このままだと「空気を読む」と「頭が良い」が同義語になっちゃう!(笑) ここでもコミュニケーション能力話に!
自分もどちらかといえば、知識量よりも、頭の回転速度を重視している方だなあ。

俺学歴・学校歴そんなに悪くないけど人の言う事理解するのが凄まじく遅いのよ。
なおかつ自分の意見まとめるのが滅茶苦茶苦手なんで、人と初めて接する時はいつも
「なんでこいつあの大学出ててこの程度の脳みそなんだ?」って反応されてつらい…。

俺はペーパーテストで点取るのが人よりちょっと好きで得意なだけなんだよ…。
なんだかんだ言って未だ学歴・学校歴が重視される世の中を見ると、自分みたいの(頭悪いのに偏差値高めの大学に入れてしまうやつ)が「学歴・学校歴低くても頭いいやつ」が成り上がるのを阻害し、なおかつ「学歴・学校歴高くて頭もいいやつ」の評判を落としているみたいで罪悪感を感じる…。
だからと言って、ペーパーテストの点のよさで手に入れた今の職業を人に譲る度胸もないのが、また罪悪感を強めてしまう…。 (名無しさん/20060723161240)

このコメントは切なかった。