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桃井はるこ氏の日記から気になったものを抜粋

桃井はるこ氏が、二次元のエロは三次元のエロと違って、実在の女性がいないから好きと書いていたのを思い出して、調べようと思ったが、ドメインでないから検索できないんだよなあ…。
そして今更知ったのだが「桃井はる子」は古い活動名なのね。こっちで検索されると恥ずかしいコスプレが見つかると日記で書いていた。
検索できないから過去の日記をスキャン読みしたのだが、日記の中から気になった部分をメモ。

桃井はるこの『モモイズム宣言!』
http://home.att.ne.jp/kiwi/momoi/frame.html

2002/01/28
わたしは美少女ゲームの中の女の子に恋した男の子にシンパシーを感じる。わたしは現実をずっと疑っている。記憶の多数決でしかないじゃないか。わたしはわたしが見えたと思ったもの、5+1のインタフェイスで受け取ったものを、そして感じたものを信じるぞ。それがわたしのほんとうの現実。荷物の重さも風の冷たさも全部うれしい。

「記憶の多数決」というフレーズはいい。

2001/08/18
(中略)
以下はずかしい自己分析。わたしは、わたしときっとカンペキにぴったり合う相手とゆーのが必ずいると思っているし、そうだと確信的に思える人としか男と女の関係になりたくないと思っている。とお話ししたら、「男に多くを求めすぎだよ」と言われた。が、失敗を繰り返しても(笑い) ゼッタイにいると信じている。つーか今わたしが好意を抱いている人はそうだと思っている(勝手に思われたほうは気持ちが悪いと思う。ごめんなさい。笑い)。だけど、恋愛の相手について自分の頭の中に「こうじゃないから残念」とか、当てはめるほどの明確なヴィジョンは持ってないのだ(;´Д`)。好きな人と今度何をしたい、とか、相手との理想的な生活のスタイルというものさえどういうものなのか想像出来ない(;´Д`) とゆーか、そういう人とは、何も分担したり生産したり特別に努力しなくても一緒にいたりするだけでいいんだと思う。極端に言えば知り合えただけでいいのです(笑い)。今さんに「たとえばアニメとかで"こんな人が恋人になってくれたらいいのに"っていうキャラはいないの?」と訊かれた。そこではじめてわたしは、「そういう視点でアニメを観たことって、ない!!」ということに気がついて、軽く衝撃を覚えた。おたく失格か!?(笑い) わたしは、アニメを観ている時はわたしではなくて、なんか違う人格の男になっているような気がする。そして、男としてかわいいと思ったりかっこいいと思ったりしているのだ。だからわたしは自分が男になれる「アニメ」が好きだし、そうでないものは「映像作品」として捉えている気がする…多分。

この話から考えると、男性向けエロを見ている時も、男になっているのだろうか。

2001/04/08
ネットで出会ってネットで終わる関係の名前が、なにか欲しい。「インターネットでいろんな人に出会った」と言う表現って、しっくりこない場合もある。OFFで会う関係なら別だが、ネット上だけだとなんか「人」という感じがしない。お互いの発言を気に入りあう存在。言葉のおおもと。発言主。肉体は遠いけど「通」じ「信」じ合う、なんかそういう呼び名がほしい。ネットで不思議なのは、ものすごくがんばって作っている「作品」のページより、くだらないっぽい日記のほうがまた、読みたくなったりすること。甘いココアをすすりながらページビューするこっちがわの姿勢の問題?

ずっと相手のサイトを見ていただけの関係と、ネット越しであっても交流があるかどうかで、また違うとは思う。

2001/02/23
ついに「萌え」が辞書に載ったようだ。デイリー新語辞典(提供:三省堂)←ここに、「萌え」って入れてレッツ検索。以下引用〔アニメ愛好家の一部が,NHK のアニメーション「恐竜惑星」のヒロイン「鷺沢萌」に対して抱く,ロリータ-コンプレックスの感情に始まるといわれるが,その語源にも諸説ある〕…そう。諸説あるのよ。それにしても…「萌え」の定義を決める時にわたしに連絡がないとは!(←勘違い)はあ、でもなんかこれで一安心(何がだ)。やっぱ卒論テーマは「萌え」で決まりか。

このぐらいの頃から、「萌え」という単語がネット上だが、一般媒体に広まりつつあったとのか。卒論ということは、この頃、大学生? 卒論を読んでみたい。

2001/01/29
そらみみ。TMネットワークの「GET WILD」のサビって、「GET WILD円楽♪」ってきこえてしょーがない。野性味を帯びた円楽師匠って…。「ルパン三世パート2」の「狂った朝の光にモニター」。パソコンのモニター(ナナオあたりの)が朝陽を浴びている様子を想像。

今度からカラオケで「円楽」って歌う!

2001/01/13
インターネットがらみのことを綴った新聞や雑誌のコラムなどで、ネットを使わないという人のこういう発言を何度か見る。「情報は、新聞、雑誌、テレビ、ラジオで十分。これ以上あっても過多」。こういう人にはきっと何を言ってもこの感じは伝わらないんだろう。ネットは恍惚の媒体だ。わたしにとって、ネットはゲームだ。みんなに向かって降って来るものの中から自分向けのものを上手にキャッチするのではないよ。古本屋とかで、おめあてのものがたまたまあったときの快感が、うまくすれば連続的に味わえる。自分だけを待ってたであろう情報と、それを作ってる人とのモニタ越しのスピーディで感動的なめぐりあい。でもね、なにより、自分の中に涌き出たものをなんでも吐き出す場所があるというなんともいえない安心感(「王様の耳は…」の穴かも)。やさしい野原だ。でも…こういうところに文章が掲載される人は、すでに自分の場所を持ってるし、現実世界でも積極的なんだろうからストレスはないのか!?
いつも思うんだけど、ウェブページは、どんなに来る人の人数が増えても1on1の感覚でいたいし、いてほしい。通信メディアである以上それは事実なんだし、忘れてはいけないことだと思う。
インターネットというものはあと何年先まであるのかな。そしてその次はなんという名前のどういうものなんだろう。電球を発明したのはエジソン。電話を発明したのはグラハム・ベル。インターネットを発明したのは!? そこからして、いままでの発明とはノリが違う

日記で何度か「自分の居場所がないと思っていた」と書いていたのとリンクする話。


とりあえず2001年まで読んだが、該当の記述は見つからなかった…。
この人の日記は結構面白いので、興味のある人は一気読みを勧める。
ちょっと面白かったのは、桃井はるこ氏の活動と知名度のリンク。日記を読むと、2001〜2002年ぐらいまで結構メディアに露出しているのがわかる。深夜だが地上波であるテレビ朝日の「D's Garage」に出ていたり。朝日新聞でコラムを書いていたのは知らなかったなあ。
なんだけど、知名度が上がった感じがするのはUNDER17の活動してから。2001年にあった『暴れん坊プリンセス』のロフトプラスワンのイベントで、桃井はるこ氏の応援メッセージビデオが流れたんだけど、会場には「この人誰ですか?」という空気が流れていた。この時は『ソウルテイカー』の中原小麦の声をやっていたんだけど。


j-oさんによる桃井はるこ日記抜粋。

http://www.remus.dti.ne.jp/~j-o/dia/dia0002.htm#19
まあ詳しくは触れませんが、こういうキャラクターの女の子で過去何度もイタい目に遭っている人たちっていうのが相当数いて、そういう人たちに言わせれば「ああ、またか」って感じかもしれませんけど、例えば、仮に(あくまで仮にです)これらの発言やプロフが全部ツクリ、どういう話をすればオタクに受けそうかとか研究づくのプロジェクトだったとしても、そのツクリを演じたり考えている人たちとは仲良くできそうっつーか、そのプロジェクトに是非ともオレも混ぜてくれって勢いでフェイバリットなんです。

2000年段階だと、j-oさんも作りっぽいと判断していたのか(笑)。


※関連
ARTIFACT@ハテナ系 - 女の子の憧れとしての桃井はるこ
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20040326/momoi