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近代史の認識話の基礎として秦郁彦の本はお勧め

現代史の争点 (文春文庫)

現代史の争点 (文春文庫)

最近、これを読んだんだけど、日清戦争での旅順総攻撃時(乃木が旅団長だった)の虐殺事件とか、家永教科書裁判でなぜ国側の証人として出たか、とか、東条英機の戦争責任として開戦責任の話は泥沼になるから、視点を変えて「敗戦責任」を考えてみるなど、興味深い視点の話があって面白かった。
家永三郎第二次世界大戦中は強烈な天皇主義者だったそうだ。それが戦後、思いっきり転向。そのため秦は「こういう振れ幅の多い方は教科書の執筆に適当ではない」と裁判の尋問で言ったという。今の保守派ももともと左翼活動家だったりするのが多いけど、世の中、活動が活発な人ほど転向家で振れ幅が多いという気もする。
東条英機の敗戦責任のひとつとして、補給を無視した作戦の遂行が挙げられる。第二次世界大戦で日本の戦死者は中国での戦場をのぞくと約150万人。そのうち、約7割は餓死、または栄養失調の結果、病気を併発するというものだった。中国での餓死者のデータはちょっとなかったので推測だけど、中国なら食料を現地調達できたが、太平洋戦線では現地調達ぐらいでは間に合わなかったということなんだろう。こんなに餓死者の多い戦争というのは世界に類を見ないそうで、戦場で武器や兵器で殺されたのならともかく、補給の問題で死んだ人たちというのは、そんな作戦を立案・許可した人間を許さないだろう。そういう作戦を遂行したのが東条英機を始めとする陸軍首脳部だった。日本帝国陸軍は中国でのゲリラ掃討戦のような戦闘を「戦争」だと思ってしまい、そこでの勝利に勘違いしてしまった。そんな人間たちの責任は本来なら日本国民の手で裁ければよかったが、戦勝国による裁判で開戦責任の問題だけ追求され、しこりが残ったと。*1
ちょっと興味深かったのが、「諸君!」に掲載された第二次世界大戦は日本の自衛戦争だったという記事に対して『昭和史の「修正主義史観』を排す」という反論記事。これを「諸君!」に書いたそうなんだけど、掲載されたのが1989年。今だったら「修正主義史観」という言葉を使わなさそうだよなあと思った。おまけに、この記事のオチとして朝日新聞の声欄の女子高生の投書を使っている(笑)。今の時代に掲載されたら、このサヨが!とか言われちゃうのは確実だ。というか、「諸君!」に掲載自体されなさそう。最近の秦郁彦が書く記事を読んでいると、それなりに時代の流れを読んだ方向になっているなーという感はある。
昭和史の謎を追う〈上〉 (文春文庫)

昭和史の謎を追う〈上〉 (文春文庫)



昭和史の謎を追う〈下〉 (文春文庫)

昭和史の謎を追う〈下〉 (文春文庫)

あと、自分が読んだのはこれなんだけど、これも面白かったなあ。

*1:この辺りがかわぐちかいじの『ジパング』のように「海軍主導だったらマシな負け方をした」という架空戦記物が生まれる土壌