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分析の価値

上の文を書いて、分析の価値というものをちょっと考えたのでメモ。
はてなとかネットで自分が書いていることは、ダイアモンドの原石みたいなもんで、原石からいろいろ読みとれる人にはすごく楽しいだろう。ネットにはそういう原石みたいな文章がたくさん公開されているから、読みとれる人には楽しい世界だ。
でも、世の中にはそういう原石では読みづらい人もいる訳で、そういう人を相手にするなら、ダイアモンドがきちんと輝くようにカッティングするように、読みやすくしたり整理したりなど文章のブラッシュアップが必要だ。しかし、それをするといろいろこぼれ落ちるものが出てくる。だから、書いている側としては、あんまり楽しくない行為なので、金銭的な価値でも発生しないとやってられない。
わかりやすい例を出すと、東浩紀が書いた『動物化するポストモダン』はそういう本だと思う。とにかくわかりやすさを優先しているために、コアなオタク層から文句が出た。でも、だからこそあの本は売れて多数の人が読んでくれたんだろう。


文章は、丸め込めば丸め込むほど、わかりやすくなって、声が大きいコアな層から異論が出やすい。でも、そうすればその声は遠くまで届きやすくなるのだ。自分の声をどこまで届けたいのかによって、文章をどこまで親切にするかが決まる。
もちろん、ネットはたくさんの人が読める可能性は常にあるため、遠くまで届けるつもりのない言葉であっても、思いもよらない過剰な反応が出ることもある。ただ、その過剰な反応というのは、話題の選択であったり、強烈な印象を残す端的なフレーズ(これを作ることもブラッシュアップの一つだ)であったりする。基本的に、複雑で意図が読み取りにくい文は、遠くまで届かない。

http://www.flowerlounge.com/archives/000283.html
頭のいい人たちは、不親切な人が多い。というか、頭のいい人たちは、自分が理解できたらさらに理解をどんどん進めることのほうが大事なので、いちいち段階ごとの理解の説明に手間を割くことが少ない。説明してるヒマがあったら、理解を深めたほうが、尊敬もされるし、結果的に入ってくるお金も増える(頭のいい人にお金を払う人たちは、頭のいい人ならではの結果を求めているのだから)。

これ以降の文章とちょっと関連しているかなと思ったのでリンク。